はじめに
先日、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(一般的に、PBPクレーム、と略されることが多いです。)に関する最高裁判決について取り上げました。
今回は、この最高裁判決を受けての、その後の下級審でのPBPクレームに関する判決の状況を紹介します。
知財高裁判決 H29.12.21(平成29(行ケ)第10083号) 旨み成分と栄養成分を保持した無洗米事件
ア 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに,原告は,本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて,主張立証しない。
イ 他方,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。
本件では、先の最高裁判決を引用し、まず、一般論として、いわゆる、不可能・非実施要件を示しています。
そして、その趣旨は、PBPクレームにおける技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるが、そのような特許請求の範囲の記載は、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから、これを無制約に許すのではなく、前記事情が存するときに限って認めるとした点、としました。
すなわち、第三者の利益が不当に害されることがあるかないかが重要としました。
更に、PBPクレームであっても、上記一般的な場合と異なり、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、明確性要件違反には当たらない、としました。
すなわち、PBPクレームが一義的に明らかであるならば、第三者の利益が不当に害されることはなく最高裁の趣旨に反することはないから、その場合、上記一般論を検討する必要はなく、明確性要件違反には当たらない、という結論を示しました。
この判断は、先の最高裁の判決には現れていない新たな基準となります。
特許・ 実用新案審査ハンドブックの改訂
この判決を受けて、特許・ 実用新案審査ハンドブックも以下のように改訂されています。
審査官は,物の発明についての請求項の少なくとも一部に 「その物の製造方法が記載されている場合」 に該当するか否かを,明細書,特許請求の範囲,図面の記載に加え,その発明の属する技術分野における出願時の技術常識も考慮、して判断する(以下の類型, 具体例に形式的に該当しでも,当該技術分野における技術常識に基づいて異なる判断がされる場合があることに留意が必要である)。
特に,その物の製造方法が記載されている場合」の類型,具体例に形式的に該当 したとしても,明細書,特許請求の範囲,及び図面の記載並びに 当該技術分野における出願時の技術常識を考慮し,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか」が明らかであるときには,審査官は,その物の製造方法が記載されている場合」に該当するとの理由で明確性要件違反とはしない。
おわりに
その後の知財高裁や下級審におけるPBPクレームに関する判決においては、今回の知財高裁判決が示した基準と同様の判断が多数行われており、この判断基準が確立してきています。