弁理士 千葉哲也 の部屋

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【SEP(標準必須特許)訴訟】SAMSUNG vs G+ Communications

久しぶりに投稿します。

今回、紹介するのは、米国テキサス州東部地区連邦地裁の決定です。

 

MEMORANDUM OPINION AND ORDER. Signed by District Judge Rodney Gilstrap on 01/22/2024. (klc, )

 

原告は、G+ Communications(特許権者)

被告は、SAMSUNG ELECTRONICS(実施者)

対象は、通信5G標準技術に関する特許の侵害で、いわゆるSEP(標準必須特許)に関する訴訟です。

 

SEPは、標準技術を実施しようとすると、必ず実施してしまう特許です。

そのため、SEPについては一般的な特許権とは少し異なるルールに従う必要があります。

 

特許権者は、標準化団体が設定したIPR(知的財産権)ポリシーというルールに従い、IPR宣言を行う必要があります。

 

これは、標準技術に関する特許を持っていることを公表とするとともに、標準技術を実施したい人に対しては、FRANDという、公正で合理的で非差別的な条件でのライセンスを提供することを約束するものです。

 

特許権者がライセンス提供しないとなってしまうと、本来は多くの人に使ってもらうべく作った標準技術が使えなくなってしまう(特許権侵害となってしまう)ことを防ぐためです。

 

通常の特許権侵害訴訟においては、侵害論(特許を侵害してるのかどうか)(特許無効かどうかの判断も含められることあり)、損害論(侵害に伴う損害額の算定)という大きく2つの段階に分けて裁判が進められます。

 

一方、SEPに関する侵害訴訟においては、まず、その特許権が本当にSEPなのか、つまり標準技術に必須なのか(必須性)が争いになります。

 

続いて、必須ということであれば、標準を実施している人はその特許権を侵害していることになるので(ただし、特許無効かどうかの検討が行われる場合あり)、ライセンス条件(FRAND)の議論になります。

一般的な特許権侵害訴訟の侵害論の部分が、必須論に置き換わるようなイメージです。

 

FRAND条件についてはすなわち、どのぐらいが公正で合理的で非差別的な条件なのかを争うことになります。

 

過去、SEPに関する係争においては、特許権者がいきなり訴訟提起したり、訴訟を起こす前に権利者が実施者に警告レターを出しても実施者が遅延交渉作戦を採って一向に反応しないという事態が多発していました。

 

そこで、世界のいくつかの裁判所(ドイツ、米国、日本など)の判決によって、SEPに関する係争における規範が固まってきました。

 

それが誠実交渉ルールと呼ばれるものです。

 

ルールと呼ばれることが多いですが、そこかの法律や規則に規定されたものではなく、あくまでも規範です。

 

誠実交渉ルールは、簡単に言ってしまえば、

・権利者は訴訟提起する前に、実施者が検討に必要な情報(FRAND条件)はきちんと実施者に提示しましょう、

・実施者は権利者からの連絡に対してはライセンスを受ける意思を表明して、時間稼ぎをせずにタイムリーに対応しましょう、

というものです。

 

そのような誠実交渉ルールを守っていれば、交渉が決裂して訴訟になった場合に、そのルールに反したことを理由に不利な判決をもらうことにはならないというものです。

 

シンプルに言い換えると、この誠実交渉ルールを守らない・守っていない側は裁判に負けやすくなるという状況になっています。

 

今回の訴訟事件においては、G+が誠実交渉義務に反した行動を取っており、それに関して発生した損害(弁護士費用や訴訟費用等)はG+が負担すべきと、フランス法に従ってSAMSUNGが主張したものです。

 

裁判所の結論(フランス法の解釈)としては以下の2点。

 

・SEP係争において誠実交渉ルールに反した(誠実な行動をしなかった)側が、その違反によって生じた合理的な損害(弁護士費用や訴訟費用を含む)について賠償する責任を負担する。

 

・SEP係争においてライセンス(FRAND条件)交渉の当事者のいずれかが誠実交渉ルールに反した(誠実な行動をしなかった)場合、他方の誠実交渉継続義務は一旦停止される(違反者が再び誠実行動を開始した場合には、他方のその義務も再開される)。

 

2つ目はもう少しわかりやすく説明すると、誠実交渉はお互いとも守る必要があるのですが、一方が守らないことにより、他方がその影響を受けてしまって結果的に誠実交渉ルールに反してしまった場合にその他方のほうにはおとがめなし、ということです。

 

具体的に、例えば、権利者が実施者に対してライセンス(FRAND)条件を提示した後、実施者が対案を提示してもそれに対して権利者からきちんとした回答がなされず、交渉が長引いた場合に、実施者側は一旦、誠実交渉ルール義務から解放される、ということです。

 

今回の判決は、米国の地裁での判決なので、判例とは呼べるレベルではないと思いますが、今後の更なる議論の発展への布石になるかもしれません。

 

同様の事件や判決があった場合にはまた検討してみたいと思います。