はじめに
請求項に係る発明を実施することができる程度に、具体的には、物の発明にあってはその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、方法の発明にあってはその方法を使用できることであり、さらに物を生産する方法の発明にあってはその方法により物を作ることができるように明細書の発明の詳細な説明に記載する必要があります(特許法 36 条 4 項 1 号)。
これを実施可能要件と言います。
また、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければなりません(特許法 36 条 6 項 1 号)。
これをサポート要件と言います。
これらの判断基準時は出願時であるところ、本件では、出願後に、特許発明の効果に関する実験結果の補充があったケースで、これが認められるのかどうかが注目すべきポイントです。
東京地裁判決 H27.10.30(平成24(ワ)36311) フロントライン事件/哺乳動物,特に犬猫のノミを防除するための殺虫剤の組合せ事件
特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,明細書に,「発明の効果」について何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。
出願後に、発明の効果に関する実験結果等を補充することは、特許制度の趣旨に反するため、原則、認められない、としています。
また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。
発明の効果は、進歩性の判断の重要な考慮要素と考えられています。
出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。
発明の効果と、進歩性の判断との間の関係性について、もう少し深く説明が行われています。
そのような点を考慮すると,明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。
第三者との公平の観点からも、原則として、出願後に、発明の効果に関する実験結果等を補充することは認められない、としています。
他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。
ただし、例外として、出願時の明細書等に、当業者が認識できる程度に発明の効果が記されている場合には、その範囲内で、出願の後に実験結果等を補充することは許されるとしています。
おわりに
今回のように、裁判までもつれこまないようにするためには、出願時に何を含めるべきか、実験結果等はどの範囲まで盛り込むかなどについて、出願前にしっかりと検討しておく必要があります。