弁理士 千葉哲也 の部屋

RPA - Runner Patent Attorney ランニング好きな弁理士 千葉哲也が知的財産に関する様々な話題を提供していきます。

知財高裁大合議判決 H30.4.3(H28(行ケ)10182・10184) ピリミジン誘導体事件

f:id:tetchiba:20210210065619j:plain

 

はじめに

 

本件の争点は、訴えの利益と、進歩性の有無の2点になります。

 

特に進歩性の判断は注目すべきポイントです。

 

 

知財高裁大合議判決 H30.4.3(H28(行ケ)10182・10184) ピリミジン誘導体事件

訴えの利益について

 

 ア 本件審判請求が行われたのは平成27年3月31日であるから,審判請求に関しては同日当時の特許法(平成26年法律第36号による改正前の特許法)が適用される。

平成26年法律第36号による改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。
本件において,本件特許権の存続期間は,特許出願の日である平成4年5月28日から25年の経過をもって終了しているが,上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。

 

特段の事情がない限り、訴えの利益は失われないとしています。

 

そして、特段の事情とは、誰にとっても、損害賠償請求されたりするようなことが完全になくなったと認められる事情としています。

 

イ なお,平成26年法律第36号による改正によって,特許無効審判請求をすることができるのは,特許を無効にすることについて私的な利害関係を有する者のみに限定された。
特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,訴えの利益が消滅したというためには,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要である。

 

ここでは、改正法に触れています。

 

特許無効審判については利害関係者に限定されるところ、少しでも侵害を問題にされる可能性が残っている場合には、利害関係者になるとしています。

 

進歩性について

 

ア 進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(本願発明)を認定した上で,特許法29条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下同じ。)の技術水準に基づいて当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断する。
このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(主引用発明)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。
引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできない。

 

進歩性を判断する上で参照される主引用発明は具体的な技術的思想でなければならないとしています。

 

そして、引用発明において、取り得る選択肢が膨大な数がある場合には、特定の選択肢に関する具体的な技術的思想を抽出することはできないから、引用発明と認定することはできないとしました。

 

イ 本件においては,本件発明と主引用発明との間の相違点は,本件発明の化合物ではアルキルスルホニル基である部分が,主引用発明の化合物ではメチル基である点である。副引用発明が記載されていると主張されている刊行物には,当該部分がアルキルスルホニル基である化合物が記載されているものの,2000万通り以上の選択肢のうちの一つとして記載されているから,当業者が,当該選択肢を選択すべき事情を見いだすことは困難であり,上記刊行物から,上記相違点に対応する技術的思想を抽出し得ると評価することはできない。
したがって,上記刊行物には,上記相違点に係る構成が記載されているとはいえず,主引用発明に副引用発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点に係る構成とすることはできないから,本件発明は,引用発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

 

そして、本件への当てはめにおいては、2000万通り以上の選択肢があることから引用発明として認定できないと結論付けています。

 

 

おわりに

 

本件では,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない,としました。

 

そして、引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできない、としました。